『罪の代償』
それは、小学校六年間での最大のイベント。
その日のために何ヶ月も前から準備をする。
六年間で一番思い出に残る日。
「やっぱり旅行は行き帰りのバスが一番楽しいわねー。色んなことが起こるから」
そう言ったのは、さっきまで隣に座っていた俺の双子の片割れ、一音だ。
現在、修学旅行のバスの中。
確かに、バスの中が一番楽しいのは分かる。
ただ、この状況を楽しいと言うかどうかは人によると思う。
『――本日午後二時、蓮台野小学校の修学旅行のバスが、拳銃を持った何者かに占拠されました。人質となっているのは、旅行中の生徒三十八人と、引率の教師一人、運転手が一人です。通報したのは人質となっている生徒で、犯人の目を盗んで携帯電話で連絡を取った模様です。警察ではバスジャック事件として対策本部を設置すると共に、人質の安全を最優先に対応するとのことです。なお、犯人からの要求などは今のところありません。繰り返します。本日――』
一人がラジオを鳴らし始めた。そんなニュース聞いても意味ないだろうに。
「すげー! ニュースで俺達のこと言ってるよ!」
「そりゃ事件なんだからニュースにもなるって。てゆうか、通報したの誰だよ」
「お前らー、もう少し大人しくしてろ。殺されるぞ」
「静かにしろガキ共!! こいつがどうなってもいいのか!?」
五月蝿い連中だ。
説明すると、始めがラジオを持ってきていた奴で、次がその隣に座っていた奴の発言。やる気無さそうに注意したのが担任で、最後がバスジャック犯の怒鳴り声である。ちなみに、『こいつ』とは俺のこと。
現在、俺の首には犯人の腕が回されていて、頭には拳銃らしき物が突きつけられている。
人質になったのなんて、人生初だ。まあ、銃が本物かどうか知らないけど、そこは大した問題じゃない。
犯人はまだ若い。おそらく高校生で、十七歳くらいだろうか。
若さ故の犯罪、てとこか。
「ちょっと、あんたら黙りなさいよ! 一庵が殺されちゃうじゃない! そこ、ラジオを切れ。先生も真面目に注意しなさいよ!」
一音が声を上げる。本人にとっては俺の身を案じての発言かもしれない。
だが、それはありえない。なぜなら――。
「一音。お前さっき『バスは色んなことが起きて楽しい』とか言ってなかったか? 身内が殺されそうなのに」
「人質が勝手に喋るとほんとに殺されるわよ。一庵は黙ってなさい。私が助けてあげるから」
「よく犯人の前でそんなことが言えるな」
「お前ら二人とも黙れ!!! ほんとに撃つぞ」
また怒鳴った。短気な犯人だ。所詮十七歳(推測)ということか。
それとも、自分が犯罪者になったことで冷静さを失っているだけか?
「なあ、兄さん。あんたなんでこんなことしたんだ?」
話しかけてみた。とりあえず落ち着いてもらわないと、銃の誤射なんかで死んだら嫌だし。言うまでもないが、この場合の『兄さん』というのは若い年長者に対する呼称であって、この犯人は俺の兄ではない。
「なんだ? 説得のつもりか? 撃つぞ」
「違うわ。一庵が言おうとしているのはこうよ、言語理解力のない犯人さん。『バカのすることにいちいち付き合ってられるか! 犯罪するのは勝手だけど周りを巻き込むなハゲ! 高校生はさっさと帰って入試の勉強でもしてろ! むしろ死ね! 今すぐ死ね! 早く死ね! 死ね死ね死ね!』と。そうよね、一庵?」
「うるさいバカ」
こいつ、頭大丈夫か? 犯人を挑発すれば殺されるのは俺なのに……。
補足だが、この犯人はハゲではない。
「うるさいとは何よ! 私はあなたの身を心配して言っているのよ! いいから一庵は大人しくしてなさい」
「お前言ってることおかしいぞ」
「おかしいのは一庵よ。姉(仮)がこんなに心配しているのに、何よその態度! 下克上のつもり!? 十年早いわ!」
「頭もおかしくなったのか」
なんだかこいつと双子やってるのが恥ずかしくなってきたな。
とか言ってる内に、そろそろ犯人が――。
「ええい、うるさい! 黙れ! おい担任。こいつらを黙らせないと、この一庵とかいうガキを殺す」
やっぱりまたキレた。
担任に言ったところで、一音の暴走が止まるとは思えないな。むしろ、担任はやる気ゼロなので、火に油を注ぐようなものか。
「おーい、一音に一庵。これ以上騒ぐと単位やらんぞー」
「小学生に単位も何もねーだろ」
そもそも義務教育だし。こいつほんとに教師か?
「単位は重要だぞー。取り逃すと卒業できないぞー」
「聞けよ、アホ担任。――あんたもなんか言えよ。犯罪者だろ?」
「うるさい! 単位の話をするな。俺は危うく二年になりそこねたんだよ」
「誰がそんなこと言えと!?」
なんか緊張感がないな。ここはほんとにバスジャック中なのか? 犯人も怒鳴るだけでやる気ないし。周りはバカしかいないし。
「ところでさー、いつまで一庵が人質なの? あんた全然怖がったり混乱したりしないから面白くないんだけど。なんか腹立つ態度なのよね。人質のくせに」
「いやいや、こう見えても十分怖いし、結構混乱してるんだぞ」
実際、今は非常に怖い。
頭に銃口が密着しているのに、怖がらない人間はいないと思う。自殺志願者でもない限り。いくらそうでも痛いのはいやだろ。
「じゃあ、もっとそれらしい振る舞いをしなさいよ」
「それを言うなら、この犯人に言え。全然犯罪者っぽくないじゃないか。そもそも、まだ高校生だろ? 高校生って言えば、社会の荒波を知らない若造だぞ」
「小学生に言われたらおしまいね」
……それもそうだ。俺はまだ十一歳だし。
「そうだなー。俺も教師になるには苦労したなー。試験とかいろいろ。いいか、先生が面倒見てくれるのは高校までだからなー。お前らも容赦しないぞー」
「あんたは黙ってろ」
「お前も黙れ! いい加減ほんとに撃つぞ」
何度目だよ、その台詞。
元はといえば、この犯人が駄目なんだ。ここまで騒いだら一人や二人くらい殺されても不思議ではない。なのに脅すだけで撃つ気がない。どうせ、殺人者になるのを恐れているんだろ。
「あんた、さっきから何度もそう言ってて、撃つ気配が全然ないんだけど。やる気あるのか? 犯罪者ならもっと堂々としてろよ。どうせ、もう元には戻れないんだし」
「何だお前。そんなに撃ってほしいのか?」
確かに、犯人がやる気になれば、人質の俺が殺されるということになる。それはそれで痛そうだし嫌だけど、別にここで殺されても大して未練もないしどうでもいい。
「ここらで一回くらい死んでみるのも面白いと思って」
「はぁ?」
そんな怪訝な顔されても……。別に気がふれた訳じゃないので悪しからず。
「一庵! 死ぬなんて言っちゃ駄目よ!!」
「お前はちょっと黙ってろ」
せっかく犯人とまともに会話できたのに、一音が口出しするとややこしくなる。
「死んだら本人はそれまでだけど、悲しむのは遺族なのよ。この場合主に私よ!」
「お前さっき『死ね』って連呼してただろ?」
『死ぬ』より『死ね』の方がよっぽど問題ありだ。何が言いたいんだろう、こいつは。
「わかった? 今度死ぬなんて言ったら殺すわよ。覚えておきなさい」
「やっぱりお前、言ってることおかしいって」
「そもそも、一庵が死んだら私は両親と三人だけで暮らしていかなきゃいけないのよ。 父さんは役立たずだから、実質私一人であの母さんを相手にするのよ? そんなの耐えられないわ」
それが本音か。結局自分のためかよ。
てゆうか、なに内輪話を暴露してんだか、この愚妹(仮)は。その気持ちは分からなくもないが。
やな家庭だな。
「その話は置いといて、いい加減本題だ。兄さん、こんな事件起こすからには何か警察に要求とかないのか? さっきから騒いでるだけで外に連絡とってないだろ」
「………………要求? 連絡? 俺が?」
この犯人、初めよりだいぶ落ち着いてるな。やっとまともに会話できそうだ。
だがしかし、反応が妙だな。今の間はなんだ?
「銃持ってバスジャックして四十人近くも人質に取るくらいだから、警察なり国なりに相当な要求があるんだろ? 犯行声明とか出してさ。聞かせろよ。どうせもうすぐ撃たれるんだし。冥途の土産ってやつでさ」
「さっきから言ってるけど一庵、撃たれるなんて言っちゃだめよ!」
それは無視するとして。なんか、そこだけ聞くとまともな意見みたいでムカツクけど。
犯人に要求があったとしても、どうせ『遊ぶ金欲しさ』とかそんなもんだろ。もっとも、犯罪なんか起こしたら、たとえ大金が手に入ろうと遊んでなんかいられないだろうけど。逃亡生活とかで。そう考えると意味のない犯行だな。所詮高校生の浅はかな考え、か。
「い、いや要求とかこれといってあるわけじゃないんだが。何か勘違いしているようだけど。まぁ、バスジャックしたのにはそれなりの理由があるにはある、と思う。……てゆうか、お前変な子供だな。普通そんなこと聞かないだろ?」
「そうよ! 一庵はとっても変なのよ! 頭と言動とその他全てが」
それは自覚済みだよ。もっとも、一音よりはマシだと自負しているがね。頭の良さでは余裕で負けるけど。一音はこれで成績がかなり良いんだから、何て言うか……ありえないよな。
「要求がない? 大金とか逃亡用の飛行機とかそうゆうのは全くないと?」
「お前はテレビの見すぎじゃないのか? 俺はそんなことのためにこのバスに押し入ったわけじゃないぞ」
テレビの見すぎって……まるでバカ扱いじゃないか。バスジャックするような人間に言われたくないな。これだから、最近の若者は荒れてるとか言われるんだ。
「じゃ、なんだよ。富と名声か? 犯罪起こしたら有名にはなれるけど、名声は得られないぞ。それは悪名だな」
「いいから聞けよ。仕方ないから話してやるよ。暗くて悲しい俺の身の上話を。俺は、お前が言うとおり今、十七歳でこの前まで高校生だったよ。二年だった。それまでは普通に高校生活を続けていたんだが、二ヶ月前、両親が交通事故で死んだんだ。笑えるだろ? そんなありきたりな不幸が自分に起こるなんて全然思わなくて。さらに笑えることに、両親には莫大な借金があってさ。高校の学費を払うのも無理になって、中退したんだ。それからは、借金取りに負われる日々でさ。挙句の果にバスジャックだよ。全く、陳腐な二時間ドラマみたいな展開だろ?」
ほんとに暗くて悲しい身の上話だよ。全然笑えないんですけど。
バスの中、シーンとしてるよ。みんな今の話聞いてたのか?
「君、苦労してたんだなー」
うわっ、担任が泣いてる。やめてくれ、その歳でもらい泣きとかするの。
「甘い! 甘いわ! 自分だけが不幸だと思っては駄目よ! 親が死んで悲しい? この世にはその親から虐待を受けて苦しんいる子供達がたくさんいるのよ! 時には、実の両親に殺される子もいるわ! それに比べれば、あなたはマシな方よ!」
「お前、よくそんなことが言えるな」
確かに、一音の言う事は正論ではある。だが、それは少し残酷な意見でもある。
「そこにいる、性格の悪い私の愚弟(仮)だってそうよ。一庵は一年くらい前母親に、記憶を無くすくらいの酷い仕打ちを受けたのよ。しかも、そのショックで半年は口をきけなくなったの。いくら母親に暴言を吐いたからといって、酷いと思わない? ちなみに私はその時、あまりに恐ろしくて頭を抱えて震えていたわ」
あー、そんなこともあったけ。今となってはいい思い出だよ。
「で、話を戻すけど、その暗くて悲しい身の上話が、どうやったらバスジャックに繋がるわけ? やっぱり金を要求して高校に再入学するとか? それは無理だと思うけど」
「だから、金じゃないって言ってるだろ。俺はこのバスを乗っ取って――」
「乗っ取って?」
「このまま崖にでも突っ込ませようかと」
ははは、そーゆうオチかよ。確かにそれは笑えるな。
――沈黙。
どれくらい時間が経っただろう? 一瞬だったのかもしれないし、数分間沈黙していたのかもしれない。誰か何か言えよ。
と、思っていたら、初めに静寂を破ったのはなんと担任だった。
「おーい、お前ら。よく聞けよー。道徳の授業だ。この犯人はこのバスを海に突っ込ませるらしいから、死にたくなかったら犯人を説得しろー。成功したやつには単位を無条件でやるからなー」
この、乗客唯一の大人は口を開くと余計なことしか言わない。今の状況を打破する大人の意見の一つや二つくらい言えっての。まぁ、期待してないけど。
「で、死ぬのは勝手だけど、何で無関係の子供を巻き込むんだ?」
「日本にはこんなことわざがある。『自殺するくらいなら自爆しろ!』と」
「待て待て! 勝手に変なことわざを作るな!」
「名言だと思わないか?」
思わない! 断じて思わない! やっぱりこいつも頭おかしい。薄幸な高校生かと思っていたが、実はただの狂人だ。
「思わないね。そんな性根が腐ったような人間と心中なんてしたくない」
「あーそうか。じゃあ、そのしたくない心中をさせてやるよ。おい、運転手! ここから一番近い崖に行け! バスが落ちたら全員即死するような高い絶壁にだ。そしたら、貴様だけは助けてやる! 従わなければお前とこのガキを今すぐ殺す!」
運転手のおっさんは、どうすればいいかわからないような顔をしていた。当たり前か。従えば、自分は助かっても約四十人の子供が犯人と一緒に死ぬ。従わなかったら、自分と人質の子供が死ぬ。まともな人間ならどちらも選べない。
「おーい。おっさんあんたの好きな方にしていいと思うぞ」
「し、しかし。どっちを選んでも君は殺されるんだぞ!?」
そういえばそうだな。何気に損な役回りじゃないか。
「お前は生意気だからな。崖に落とす前に、前もって殺してやろう」
自分も死ぬくせに何言ってんだこの男は。
「一庵。このままじゃ、あなたが一番死ぬ確立高いわね」
「そうだな」
「助かりたい?」
「…………そうだな。可能なら死にたくない」
さっきは死んで見るのも一興だと思ったが、今は死にたくない。非常に死にたくない。こんな所でこんなくだらない死に方なんて御免だね。
「助けてあげてもいいわよ?」
「お前にそれができるのか?」
とてもそうには思えない。ついに血迷ったのか?
「助かる方法はあるわ。一庵がその場で暴れればいいのよ」
「そしたら殺されるだろう?」
「大丈夫よ。だってその銃おもちゃだもの」
は? おもちゃ?
「そんなバカな!? だってこの銃はヤクザにから十万円で買ったんだぞ!? そのために借金までして」
「じゃあ騙されたのね。あなたみたいな人間に本物の銃なんて売るわけないのよ」
それはそれで不憫な話だ。ただ、本当におもちゃかどうかはまだはっきりしない。確かめる方法は――。
「嘘だと思うならそれで一庵を撃ってみなさいよ。大丈夫よ一庵、私を信じなさい」
「……わかった。おい、やってみろよ」
犯人が泣きそうになりながら、引き金を引いた。
『パンッ!』
一瞬、本物の音かと思った。
だが、出てきたのは紙ふぶきと紙テープ。どうやらクラッカーだったようだ。紙ふぶきに混じって、『ハズレ』と書かれた白い紙が散っていた。細工した人間の嫌がらせだろう。
なんにせよ、この銃は偽物で、俺は助かったようだ。本物を売らなかったヤクザの人間に感謝するとしよう。ああ、ありがとう、まだ見ぬアコギな連中よ。そのずる賢さが俺の命を助けてくれた。
「ま、まさか、ほんとに偽物だなんて……」
「よーし、一庵、とりあえずそいつから離れなさい。運転手さん、バスを止めて。この男を外に引きずりだすのよ。ほら、あんた達も。先生も手伝いなさい」
「わかった」
「は、はい」
俺と運転手が同時に言い、すぐにバスは止まりドアが開いた。その間に狭いバスの中で、犯人の所に生徒が殺到した。
「ま、まて、ちょっとまて!」
「この犯罪者め! 大人しくお縄に掛かれ」
「よくも一庵を苛めたな!」
「高校生が図に乗りやがって」
高校生対子供といっても数で負けているようで、犯人は停止したバスのそばの路上に押さえつけられた。そこへ、約四十人の小学生と一人の教師が襲い掛かる。少しくらい止めろよ、担任。まぁ、止められても憂さ晴らしのためにみんなしばらくやめないだろうけど。こんなくだらない理由で犯罪を行う人間にはこれくらいして丁度いい。
「よーし、行け! タコ殴りの刑よ」
「タコよりイカの方が足がおおいぞ」
「じゃあ、イカ殴りね」
「でも足ならムカデが一番多いな」
「じゃあムカデ殴りの刑?」
「それじゃ意味分からんぞ」
「とりあえず袋叩きということよ!」
まぁ、それは俺達を除く三十六人にまかせるとしよう。全員殺気だってるからな。修学旅行が台無しにされたせいで。しばらく終わらないだろうな。
「しかし、よく偽物だってわかったな」
「最初から知っていたわよ。あんなの見ればわかるわ」
「じゃあ、最初から知った上で、犯人を挑発したり怒らせたりしてたのか?」
「そうよ。演技よ演技」
つまり遊んでたんだな。あんな状況で。
「だって最初に言ったでしょ? あなたは私が助けてあげるって。心配していたのは本当よ? 一庵」
「……そうだな。感謝するよ。ありがとう一音」
「はい、どういたしまして」
『――本日午後二時、蓮台野小学校の修学旅行のバスが拳銃を持った高校生に占拠され、約四十人が人質にされる事件が起こりましたが、発生から約一時間後、事件は無事解決しました。犯人を取り押さえたのは人質となっていた小学生、三十八人です。捕まった犯人は何故か、全治一ヶ月の怪我を負っているとのことです。人質となっていた少年に話を聞きますと「銃がおもちゃだと知った犯人が、ショックのあまり走行中のバスで立ったまま気絶した。あちこち体をぶつけていたて酷い怪我だったけど、怖いから放っておいた。少しいい気味だった」ということです。本人は怪我のためかほとんど会話が出来ない状態で、少し話を聞いても事件当時の事はほとんど覚えていない、とのことです。繰り返します。本日――』
終