『破綻への使者』
トゥルルルルル。
突然、携帯が鳴った。
仕事中だったが、表示を見れば『公衆電話』となっていたので無視することもできず、電話にでる。
「はい。松崎です」
『もしもし。オレオレ』
「…………」
『もしもーし。オレだって、オレ』
ピッ。
無言で電話を切った。
声の主はわかっている。一応、俺の知り合いだ。別に親友という訳ではない。友達とも言えない。どちらかといえば悪友。俺の中では『友人A』という程度。つまりどうでもいい仲だということだ。そんな人間がまともな用件で電話を掛けてくるはずがない。しかも勤務時間中の会社に。
トゥルルルルル。
再度鳴る電話。
はっきり言って無視したい。
が、実は別の相手で重要な用件の電話、という可能性が捨てきれない。もしそうなら無視などしたら洒落にならない。仕方なくでる。
「もしもし」
『なぜ無視する! 人がせっかくボケているのに!』
案の定相手は友人A。やはりでなければよかった。鬱陶しいことこの上ない。
「なんの用だよ。俺はくだらない冗談に付き合っているほど暇じゃないんだが」
『お前には芸人魂が欠けている! いいか、よく聞け。今のボケに対する理想的な対応はこうだ。「オレオレ詐欺じゃねーんだから!」だ! ちゃんとツッコミを入れろ。 もしくは、「おお。その声は孫のタカシかのぅ。元気か? ん、お金がいるのか? 言ってみろ、じいちゃんが……ってタカシって誰だよ!?」だ。まあ、これは乗りツッコミという高等技術だから今のお前には到底む――』
ピッ。
「…………はぁ」
これはあれか? 新手の精神攻撃か? そりゃ溜息もでるよ。
というか、携帯の通話音量の設定が高すぎた。奴の声は携帯から漏れていたようで、周りの視線が痛い。
別に非難するような目では見られていないが、それに近い視線だ。これ以上続くと何か言われそうだ。どちらにせよ居心地悪い。それもこれも奴のせいだ。本来、『勤務中に電話での私用の会話は緊急時を除き禁止』なのに。
トゥルルルルル。
呪いのように三度目の電話が鳴る。
「……………………」
十秒間放置しても切れる気配がない。でるまで鳴らし続けるつもりなのか?
だとすれば、周りの目を気にする自分が折れるしかない。
理不尽だ。
「……なんだ」
『実はさー……頼みがあるんだよな』
急に大人しくなって、改まった口調で話し出した。
腹の立つ態度の変え方だ。
「なら最初からそう言え。無意味に人に迷惑かけやがって!」
『いやー、さっきのは全く無関係じゃないわけだ、これが』
「さっきのに無関係じゃないのなら、正直関わりたくないな。そもそも、なぜ勤務時間中に掛ける? そのせいでかなり気まずい状態なんだが」
未だに周りから見られている。そろそろ、上司から怒鳴られそうだ。
俺は悪くないのに。
『緊急なんだよ。実は会社、クビになっちゃてさ。貧困生活を送ってるんだよ。今』
「また何か問題起こしたのか……」
そりゃ、その性格だと何処へいっても迷惑をかけるだけだろ。治安を乱す者を切り捨てるのは当然のことだ。
「で、頼みっていうのは何だ? 金を貸してほしいのか?」
『それだとさっきのとは関係ないだろ』
というか、本当にさっきのツッコミ云々と関係あることなのか。てっきり冗談だと思っていたのに。
『俺とお笑いコンビを組んでくれないか?』
「…………はぁ」
溜息と共に携帯を切ろうとしたら、焦った声が受話器から漏れる。
『待て待て! 切るな。切らないで話を聞いてくれ』
「知るか」
『これは冗談じゃない。本気なんだ』
「本気ならなおさらだ。俺はお前と違って会社に勤めているんだ」
無職の人間の狂言に付き合っているほど暇じゃない。
そもそも、今は休憩中でもなんでもなく、私用で電話を使用している場合ではない。
これ以上は本当にヤバイ。
『よく聞け。今は第三次お笑いブームと言って、漫才に注目が集まっているんだ。成功すればサラリーマンなんか足元にも及ばない収入が得られる』
「誰かさん曰く、俺には芸人魂が欠けているらしいからな。到底無理だ」
お笑い芸人と言えば、この世で最も過酷な職業の一つだ。そんな中で成功するのはわずか一握り。会社を辞めてまで芸人になるほど俺はバカではない。
『俺がいるから大丈夫だ。お前は何も心配する必要ない。頼むよ。家賃滞納してるしさー。明日オーディションがあるんだ。チャンスなんだよ』
急な話だ。こいつは、俺が断る事を考えてなかったのだろうか。
「俺には関係ない。一人で受けろ。どうせ落ちるだろうし。お前にお笑いの才能があるとは思えないからな」
『…………そうか。そうだよな。俺はクビになるような駄目人間だしな。こんな奴と人生共にしたくないよな。悪かったよ無理言って。気が変わったらいつでも言ってくれ。こっちはいつでも大丈夫だから。おそらく近い内に――』
「まぁ、そんな事はあり得ないと思っておいてくれ。じゃあな」
ピッ。
やっと開放されたようだ。再び携帯がなる事はない。
今まで体験したことのないような徒労感が体を包んでいる。まるで一仕事終えた後のようだ。だが、今は勤務中。早く仕事に戻らなければ。
その時、疲労しきっている体に殺気を感知した……気がする。
「松崎」
上席から上司が俺を呼んでいた。
「お前、明日から来なくていいから」
まさかリストラ!?
……じゃなくて、ただ単に社則違反(それも長時間)でのクビなんだろうな。
治安を乱す者は切り捨てられる。
つまり俺の事だ。
あいつはここまで予想してあのような電話を掛けてきたのだろうか。
何にせよ、クビになった俺は、奴に電話するかどうか迷っていた。
終
筆者コメント:
実際、会社で携帯電話使ったとしても、よっぽど酷くない限りすぐにクビということはないと思います。